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大晦日

実質、2004年9月10日からexcite blogをスタートして、毎日書き込み続けることが出来ました。2005年も、よろしくお願いします。

2005年からは、記事内容の書き込みも、「ですます調」にしようと思います。当初、記事本文を「である調」で書いてしまい、統一感を持たせようと、継続してきましたが、年が変わるのを機会に、文体も変えたいと思います。
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by uchinan_e | 2004-12-31 23:59 | + episode  

運転中の携帯電話使用目的

86人摘発 運転中のケータイ使用禁止1カ月

 ○○県警は、十一月一日の改正道交法施行で禁止された運転中の携帯電話使用の違反状況をまとめた。一カ月間で摘発されたのは八十六人。仕事関係の電話中に摘発されるケースが半数以上を占めた。

 違反者の内訳は▽十代=一人▽二十代=二十八人▽三十代=二十人▽四十代=十五人▽五十代=十九人▽六十代=三人-で、うち七十五人が男性だった。

 車両の内訳は▽乗用車五十四台▽軽トラック十三台▽トラック十台▽軽乗用車九台-など。通話理由は「職場との連絡」が約60%と最も多く、「友人との通話」も約20%あった。

 職場との連絡は、ほとんどが会社からの電話をドライバーが受けたもの。県警は、国道などで取り締まりを強化する一方、事業所などに対しても徹底を呼び掛けている。
12月3日付地方紙記事から)
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皆さん、上記の記事を読んで、どのような感想を持ったのでしょうか。

私の場合、「通話理由」という部分が気にかかった。摘発され、取調べのときに、免許などを見せるわけだから、年齢、性別がわかる。また、見れば車種もわかる。(携帯電話の使用と車種とはあまり関係ないような気もするが)しかし、通話理由は、相手に質問しなければわからない。

摘発されて、いちいち、運転者に通話理由を聞くのかな?また、答えなければならない事項なのかな?また、摘発することと関係あるのかな。通話理由を回答するのを拒否した人もいるんじゃないか。などといろいろと考えたしまった。

例えば、スピード違反をして、なぜスピードを出していたのか聞かれるのだろうか。聞かれたとしても、それが記録として残るのだろうか。そうは思えないな。

約60%の「職場との連絡」と約20%「友人との通話」以外の、その他の理由を、ちょっと想像してみた。「時報を聞いていた。」「不倫相手との通話」「オレオレ詐欺をしていた。」「チケット予約をしていた。」

運転中の携帯電話は、道路交通法違反になるので、行ってはいない。だから、摘発されることもないとは思うが、ふと、なんて答えようか、回答拒否してみようか、なんて考えてしまった。

皆さん、運転中の携帯電話の使用はやめよう。特に、警察官に答え難い相手の場合はね。
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by uchinan_e | 2004-12-30 22:17 | + society  

おれおれ医大生総集編

年末も押し迫り正月も近いから、家庭教師センターからはかかってこないと思っていたら。。。また昨夜、かかってきてしまった。それで、また、応対してしまった(*^^)v前回はタイトルを最終回にしてしまったからな、タイトルの付けようがないな。テレビの年末特番並みに総集編とでもしておこう。

冒頭のやり取りは、もう毎度お馴染みなので簡単に記録。
12月28日午後9時40分頃
名前Yさん(女性)。お母様おられますか。どちらのYさん?
家庭教師を探している。岡山のセンターからかけている。研修で岡山に来て、ついでにかけている。T大学医学部2回生。
以上は、もう聞かなくてもわかっているけど、確認のために聞いてあげた。

明日にでも来てくれるかと尋ねると、「29日ですね、いいですよ。」と即答。

「Yさん、あなたが来るの?」と尋ねると、「(私ではなくて)講師の先生が行きます。」といつもの回答。本当は私が行きたいのだけどと言いながら、昔は学生が直接行っていたのだが学生が勝手に個人契約するようになったので行かれなくなった、と言い訳。

今まで5人の生徒に家庭教師をしていたというから、「どこで?」と尋ねると、「岡山で」。岡山!?「高校の時からしていた。」と切り替えしてきた。

「じゃあ、こちらでは?」というと「3人していた。」と言う。「どこの中学校?」との質問には、「生徒のことは言えない。」といつもの言い訳。

「うち(家)、わかる?」って聞いたら、Y市だということしかわからないとの回答。

「(Yさんの下宿からうちまで)近いのかな?」ととぼけてみたら、N町に住んでいるという。「N町??」とさらにとぼけてみた。

私「大学から(下宿まで)近いの?」
Y「歩いて15分くらい。」(なんだか自信無げに)
私「15分!?」
(つい驚いてしまった。N町とは大学周辺のかなり狭い地域。どこから来ても歩いて15分もかからない。しかし、N町がどこにあるか知らないふりをしているので、これ以上突っ込めない。)
私「15分もかかるの?」
Y「たぶん。」
私「たぶんって、何分かかるかわからないの?」
Y「歩いたならば、です。」
私「じゃあ、普段は、何で通っているの?」
Y「自転車です。」
私「じゃあ、自転車で何分かかるの?」
Y「えー。。。」
私「Yさん、毎日、自転車で通ってるんじゃないの?で、わからないの?」
プープープー

あーあ、また切られた。
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by uchinan_e | 2004-12-29 21:04 | + society  

Australia Old and New 23

オーストラリア今昔物語その23

Southern Cross Hotel site, Melbourne - 9

メルボルン市内で気になっていた場所・ホテルがもう一つ。Southern Cross Hotel。市内を何回も歩くのだけど、あの当時(78年80年82年87年)よく目にしていたサザン・クロス・ホテルに出会わない。当時の、たいていの観光ガイドブックには、メルボルンの代表的なホテルとして紹介されていた。一・二階部分に特徴のある外観だから頭に残っている。87年には、記念に、ロビーだけには入った^_^;。

2003年、滞在中に、ふと、気になって、ステイ先のご主人に聞いてみた。これまた、いろんな経緯をたどったらしい。売却されて、解体中?に、売却先が倒産したりで、何度も売買され、何年もほったらかしの状態だったらしい。(このあたりに関しての新聞記事)それで、やっとこさ最近、再建にこぎつけたらしい。と、いうような回答だった。

そこで、現場へ行ってみた。

- 2003
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-1962
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工事現場の防護壁に解説のパネルが貼られていた。左:1962年に先代Southern Cross Hotelオープン。南半球一のホテルとして有名であった。Southern Cross Hotel Profile
右:1964年にはビートルズが宿泊してさらに有名に。

左パネルより
Completed in 1962, the Southern Cross Hotel was Melbourne's first international five-star hotel.The anticipation that accompanied this development was so high that the gate opening was broadcast live on Melbourne television.
Over three decades, until it closed in 1996, the Southern Cross Hotel played a vital cultural role in Melbourne city-life and developed a special place in the hearts of Melbournians.

右パネルより
Perhaps most memorably, the Beatles stayed at the Southern Cross in 1964 and their balcony appearance sparked wild scenes in Exibition Street.

- 2004
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左:完成予想図。2004年!?今年じゃないの。完成してるの??昨年の9月で上の写真のような状態だからな。。。オージーのペースだとな。。。やっぱり、完成してないかな^_^;

左パネルより
The former Southern Cross Hotel site is being redeveloped by Six Developments - a joint venture between Multiplex and the Barton Corporation.
The Southern Cross Project will transform this site into a dynamic new city precinct comprising two attractive and sensitively designed office towers, substantial retail activity and vibrant civic space.
Six Developments is looking forward to re-establishing the Southern Cross as a landmark in which all Victorians can again take great pride.
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by uchinan_e | 2004-12-28 21:46 | + downunder  

Australia Old and New 22

オーストラリア今昔物語その22

City Square, Melbourne - 8

2003年、メルボルン市内を歩くと、Flinders Street Stationの向かいにFederation Squareという斬新な広場が出来ていた。へえ、発展してるなー。1980年当時人が集まっていたSwanston Street沿いの、あの黄色い物体がかつてあったCity Squareは、どうなったんだろうなと思って見たら、以前とはなんか違うぞ。奥にでかい建物があって、狭くなった感じがする。立派なホテルらしい。City Squareから、ホテルに変わっていった経緯はこちらに書かれていた。

- 2003
b0024435_16331157.jpg逆光でわかりにくいけどflagにホテルの名前が見える。

b0024435_16334111.jpgホテルを挟んでCity Squareと反対側お隣。Regent Plaza。ここでWe Will Rock Youを観劇した。右隣に、わずかにホテルの入口が見える。

- 1980
b0024435_21431170.jpg壁面の巨大スクリーンにチャンネル7が映し出されているが、カラーにはなっていない。

この壁がホテルに変わってしまった。
b0024435_2145081.jpg流れる滝。
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滝の上部から。多くの子どものexcursion。1980年にこの広場は整備されたらしい。左奥には、Flinders Street Stationの一部が見える。
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by uchinan_e | 2004-12-27 21:45 | + downunder  

residence

昨日紹介したThe Yellow Peril(正式にはVaultだそうだ)の周辺の建物。人の住まいのようだが、外向きの部屋全面がガラス張りのような。。。住んでみたい。
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by uchinan_e | 2004-12-26 20:45 | + downunder  

Australia Old and New 21

オーストラリア今昔物語その21

The Yellow Peril (Vault), Melbourne - 7

およそ10日ぶりのオーストラリア今昔物語。
2003年、トラムに乗って、初めてSt.Kildaへ行ってみた。その帰りトラム乗って市内方面に戻ってきたとき、National Gallery of Victoria (Australia Old and New19)の手前の左手わき道へ入ったところに、大きな黄色い物体が目に入った。きっと、あれだ!と思った。

あれとは、1980年当時City Squareに置いてあった黄色いオブジェではないかと、思った。慌てて、次のトラムストップで降りて、戻って行ってみた。

-September, 2003
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各部屋窓側全面ガラス張り、って感じの高級っぽいアパートが立ち並んでいた。その一角に、黄色い物体が、ぽつんと設置されていた。オブジェの周りを一周してみたが、こんな感じだったっけ、と少し自信が持てなかったけど、こんな物体と同様なものが2つもあるとは思えない。

間違いないと思いながらも、なんだか少し異なる感じがする。しかし、懐かしい感じもする。なんだか、忘れかけていた、昔の友人に、偶然、出会ったときの印象だ。

でも、なんでこんなところで出くわすの?って。

実は、この物体に関しては、ストーリーがある。

先にも書いたように、1980年に訪れたときにはCity Squareに設置されていた。

-August, 1980
b0024435_22173256.jpg78年に訪れたときにはなかった。調べてみると、80年に設置されたようだ。つまり、設置後すぐに目にしたのが写真ということになる。市民の反応はというと、ほとんど、なんだあれは?と、批判対象になっていた。当時の知り合いも、同様に嫌っていたように記憶している。かなりのお金もかかったことも、論争になったのだと思う。

参考写真(1980)


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新聞記事からも、物議をかもしたことがわかる。
Council banishes that sculpture (The Age, 29 Jul 1980)

事実、その2年後、訪れたときには、すでにヤラ川湖畔の公園に移動されて、さびしく?ポツンと佇んでいたのを遠めにチラッと目にした。本当に、移動させてしまったのね。

それが、2003年に訪れたときには、アパート群の一角に移動されていたわけで、そんなに嫌われてあちこち移動させられたのかな。調べてみたら、2002年に現在の場所へ移ってきたらしい。
これまた、いろいろ論議されたらしく、新聞記事に。
butterpaper 16.02.02
Yellow Peril Moves (19 June, 2002)
Melbourne's mellow peril (The Age, 3 Oct 2002)

さてさて、2005年も同じ場所に留まっているのかな。


<参考資料>
1. The Yellow Peril Melbourne Trivia [Archive] (解説資料)
2. Twentieth century architecture Melbourne, Australia
(see No.69)(city square設置当時)
3. 15-the-yellow-peril.jpg(ヤラ川移設当時)
4. 移設工事
5. 単体画像 1 | 2
the most controversial sculpture in Australian historyと書かれているから、かなり論議されたやっかいもの?
6. Public Art in Melbourne
7. 書籍
8. パロディ 1 | 2
9. The Yellow Peril of Sebastopol(広告に利用?)
10. 歴史
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by uchinan_e | 2004-12-25 22:18 | + downunder  

Christmas present

b0024435_20163378.jpgかなり大きなプレゼント。蔵一つ!?

蔵の窓から下へ放射状に電飾、背景の木にも電飾が付いているが、昼間でとわかりにくい。
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by uchinan_e | 2004-12-24 20:16 | + culture  

Japan's top gardens 2

昨日、紹介したアメリカの日本庭園雑誌Journal of Japanese Gardening (JOJG)で、1位にランキングされている庭園も、実は、こちらの地方にある。
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(2002年撮影)足立美術館
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by uchinan_e | 2004-12-23 17:07 | + culture  

Japan's top gardens

今夜は、忘年会。会場は、日本庭園と大浴場で有名な、温泉旅館
この日本庭園は、アメリカの日本庭園雑誌17位にランキングされている。
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展望回廊から、日本庭園を撮影した。
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クリスマスの時期だからなのか、庭の木にイルミネーションが。流行の?ブルー系電飾だった。
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最近、近所でも、電飾を飾っている家庭が、昨年に比べて2,3倍は、あるように感じる。あまりにも多いせいなのか、目に入っても、そんなに驚かなくなった^_^;
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by uchinan_e | 2004-12-22 23:02 | + culture